« 2005年2月 | メイン | 2005年4月 »

2005年3月31日

お茶

 時間の経ち具合がどうもおかしい。パソコンの空いてる時間に何かやってしまおうとして、きっと夜中になっているのだろう。専用のデスクトップがもう一台いるかも、と思っている。ノートパソコンは、しょうもないファイルで一杯になっていて、CD-Rに焼いても焼いてもすぐに埋まってしまう。しかしここでデスクトップ一台分の五万の出費はかなり痛い。やはりノートパソコンの中身を抜本的に掃除・整理すべきだろう。多分要らんもんをかなりインストールしていて、そいつが様々な動きを重たくしているのに違いない。しかしそうしたものを一つ一つ調べてクリアしていくのは大変骨が折れるしんどい作業だ。
 ストーブの上に置いたやかんのお湯が直ぐに沸騰する。この時期の夜の時間は中途半端だ。夏場なら四時頃にはもう明るくなってくるのだが。
 いくらパソコンでの作業とはいえ、家の中でばかり延々していると、やがて煮詰まってくる。とすると外でもやれれはいいのだが、と思いバッテリーを調べてみるとこれまた馬鹿高かかったりする。電源とワイヤレスがセットで使える場所がどこかにあったな、と思い付く。もういちど調べ直してみるか。
 もう夕食後かなりの時間が経つのに、まだお茶を飲んでいる。いつもお茶だけは、もはや夕食後ではない、という時間になるまで、延々と飲み続けたい気分だ。もちろん緑茶だ。ちょっとでも冷めると駄目だ。だから急須には半分くらい入れて、できるだけ早く飲む。冷め切ってしまったものはもったいないが捨ててしまう。そしてまたお湯をたす。熱いものをゴクリゴクリと飲み、喉までがやけどしそうな感覚をまた楽しむ。
 冬場はやかんにストーブに限る。まず加熱費が浮くし、また加湿の効果もある。一度しばらく置いていた時には、部屋の窓ガラスが内側から曇った程だ。手でなぞると水滴が着いているのが直ぐに分かった。
 もうそろそろ夜更けから夜明けに転じる時間帯だ。そろそろと言えばそろそろマイホムペの構造改革に取り組まねばならない。抜本的構造改革とまではいかないだろうが。
 夜明けの時間帯に風呂に入るのはなかなかいい。最初は明かりが要るが、途中からは灯りも消して、湯船から、窓ガラスが群青色から徐々に明るい色に染まってくるのを楽しみ、時間の経過を実感する。
 寒さも和らいでいる。お茶の飲みすぎか、耳や目が妙に冴えている。

2005年3月29日

朝飯前

 あれ、もうこんな時間かぁ、というのが起きた時の第一印象だ。随分と日が長くなったもんだ。それでも真冬並みに寒いこともあり、その時の日の短さと比例して、時刻の感覚がちょっとおかしくなってる。この明るさだったら、まだ何時頃だろう、とかいうのが当て嵌まらない。
 いずれにせよ、季節の変わり目というのは、妙ちきりんな感覚だ。おかしな夢も沢山見ているが、起きた時には忘れている。でも時間が経ってから思い出すこともある。
 日の長さとかいう話では、サマータイム制が導入されようとしている。が、仮に導入されたら、人工的に変わり目を作り出すことになって、しばらくは感覚がついていかないかも。夜八時でもまだ明るいとか。それって第一、夜じゃねーっ。

 髪の毛が伸び過ぎている。だから、綿棒で耳を掃除したりする時に耳の中に毛がどんどんと入り込み、ガサガサッと音を立てている。
 ネットを見たりしていると、色々なところで時間は動いている。だけど更新されてないブログがあったりすると、まだかなっと思ってしまう。
 あまりどうのこうのということが出来ない夕方だ。六時でも明るかったっけ。というのが一つの印象で。
 
 セ・リーグが始まれば、また印象が変わってくる。そんなことを不意に思い付いた。

2005年3月28日

時間

 よく分からん間に時間が過去ってしまった。やらなければならないことは沢山あったが、色々な日常の出来事で中断されてしまっている。まあものごとは中々易々とは前に進まない。
 結局、全ては翌日にまた目覚めてからだ、ということになる。一日の時間は二十四時間で固定されている上に、睡魔から自由な時間って、結局は高々しれてる。なくなってしまうと、否が応でもまた次の日、という話になってしまう。
 おまけに、昨日は日曜のよるということもあってか、知り合いの人のブログが殆ど更新されていなかった。後から帳尻を合わせるように二日分連続で埋め込んでくるのもいかがなものか。
 
 今、果てしなく眠くて、寝ることばかり考えていると、昨日はおかしな夢を見たのを思い出した。地震で家が激しく揺れ、傾いたという夢だ。これだけならなまだあるかもしれないが、傾き方が、丁度家を四十五度水平に回したような。だから傾くというよりも、半回転するといった感じか。
 しばらくして目を覚ました時は、さすがにその夢自体は大袈裟だと思ったが、実際に地震があったのでは、と辺りを見回したほどだ。

 もう明るくなってきて随分経つ。こういう時間帯って、まあ十中八九、部屋のカーテンはビシッと閉めてしまう。カーテン越しの明かりで十分なのだ。
 昨日に入れた、ポットの中に残っていたぬるいコーヒーを飲んだ。まあ気持ちを落ち着けたり、取り敢えずの眠気から覚めるのにはいい。早朝の遅い夜食には、冷凍の鯛焼きを二つ食べた。まあそれで十分だ。
 随分と暖かくなってきたし、まあ体調をましに保つ方法も大体分かってきた。後は時間の使い方次第だ。そこにさえ気をつければ、それなりに充実した一週間になるに相違ない。

2005年3月27日

夜道を歩けば

 いつものようにとはいかないまでも、時間がほとんどないような日だった。ただ、まあその日唯一の課題のようにしていた、"CGI Programing with Perl"は、それなりに読み進めることができた。
 最寄のスタバでは土曜の夜ということもあり、客は沢山いた。その日は夕食前に行ったので、隣のコンビニでクッキーを買っておいた。スタバの菓子類は高過ぎだ。ほんの小さなビスケット二枚にクリームのようなものを挟んだだけのものが、"二百二十円"で売っていた。なんじゃあこりゃあ、と思た。隣のコンビにでは、百円でクッキー何枚買えると思とんじゃぁー、とか頭の中で怒鳴っていた。
 そんなことを思いつつ、カウンターの前で順番待ち。やっと回ってくる。ちょっと可愛げな店員さんと何度か目が合う。で、結局頼んだのは、ホットコーヒーのショートサイズだった。着いた時間帯からして、九十分かそこらくらいしか時間がなかったから。
 払ろたはええけど、ポットの中にコーヒーが残ってないということで、「二、三分お待ち頂けるでしょうか」ということだった。

 兎に角席に戻る。でも、いつも、最初の一口のコーヒーを啜ってから本を読み始めていたので、しばらくは手持ちぶたさだ。仕方なしに携帯電話を取り出して、開けてネットでも見てみようかなとすると、ピーッ、となってバッテリーが終了してしまった。
 また手持ちぶたさになる。しかし意外とすぐにコーヒーは来た。さっき目が合った女の店員さんが持って来た。「お待たせしましたー」と彼女はいい、カップをテーブルの上に置いて行った。
 やっとこさ本を読み始めることにした。一応予定では四冊に目を通すことになっていたが。ごくりと一口カップから熱いコーヒーを飲み、とにかく読み止しの小説から始めた。

 それからはいつものような感じだった。ただ単にゆるりとした時間が流れた。閉店までの九十分くらいの間に、色々な客が来ては帰っていったが、五うるさくてどうしようもない人や、それでも興味深い話しをするひともいた。
 一時間くらいして、さすがに腹が減ってきたので、さっきコンビニで買ったクッキーをガリガリガリッと食った。二本とも中身が詰まっているので、それで空腹は十分に凌げた。一応時間を上手く使えて、四冊ともそれなりに読み進めることが出来た。閉店間際に、いつもよく見かけたゲイのカップルと思われる二人組みが来て、真横の席に座った。しばらくは耳をだんぼにして聞いていたが、大したことではなかった。「○×でんきのでんきって、空気の気かうつわの器かどっちやった」とかそんなことだった。
 やがてすぐに閉店になろうとしていた。周りの客がどんどん帰るので、それとなく時間が分かった。
 本を収い、帰ることにした。いつものようにカウンターで水をもらった。閉店間際なのでトイレに行く時間はなかった。プロムナードをどんどん歩いて、途中のコンビニによって、飲み終わったコーヒーの紙カップを捨てて、トイレに入った。そこらかは、いつものコースをテクテクと歩いていった。途中道路工事をしている所があった。そういや、全く寒いとは思わなかった。
 

2005年3月25日

嵐が丘

とんでも寝すぎた。十時間くらい連続で、十四時間くらい断続的に。お陰で起きた時には、前後不覚だった。自分を取り戻すのにかなりの時間を要した。いつも起きた時には、同様な感覚があるけれども。
 もの凄い強い風が吹いていた。確かに家の周りはかなり丘陵のようにはなっているが、それでもここまで来るか、というほどだった。お陰で何度も何度も目を覚ました。強い雨が降っているわけでもないし、また近所の公園で誰かが騒いでるわけでもない。ただ単に強烈な風か吹いていただけだ。それは嵐といっても誤解がないほどに。
 起きてから、ポットに残っていたコーヒーを飲んだ。完全に冷え切っていて、不味かった。
 
 今日は金曜日だ。だから夜には出掛けようと思う。ちょうどアマゾンから本がやっと届いた。ホントは二時間とかセコイことは言わずに、三時間くらいは居たいのだが。もし、閉店から三時間前に行けたら、今日はトールサイズを頼んで、ごゆるりと粘れるかも。
 もう嵐はごめんだ。春(はーる)よ来い、早(はーや)く来い。

2005年3月24日

油断大敵

 妙な偏頭痛がした夜だった。夜半に薄着でチャットをしていたりして、それが効いたのだろう。治まるまでに数時間を要した。それまでは熱いお茶を飲んだり、毛布と布団に包まって横になり、ただ時間の過ぎてゆくのを待ちながら体を温めていた。
 それで体調がましになったのは、もうすっかり明るくなった朝も六時を過ぎてからだった。

 偏頭痛のようなものは、突如として特別な前触れもなくやってくる。まあ今回は特に油断していたからかもしれないが。そういう時って、瞳の奥の辺りがズキズキと痛んだりする。
 暖かくしてたっぷりと睡眠を摂るのがいい。なんとか持ち直してきているみたいだし。天気予報のサイトを見ても、まだまだチリーな日々が続くようだ。まあ当に、油断大敵だな。

2005年3月23日

カーテン越しの明るさ

 夜どおし掛った作業もなんとか終わり、もう十分に明るくなっているのにようやく眠ろうとしている。
 録音や録画のファイルを作っているなかで色々と分かることもあった。また、ネット上で知った様々な人達のブログを見るに付け、彼等は自分と無関係ではないとどこかで自覚した。
 パソコンでした作業なんて、それをああしたこうしたなんて、文章で書き表せるような代物ではないのかも。

 おおっ、アマゾンで注文した書籍が、やっと、まもなく発送される商品、に変わっていた。いつまでも未発送表示のままかと思っていたが。

 いつの間にか雨が止んでいた。というか、夜遅くまで降っていたことすら忘れていた。別の記事を見ていて思い出した。確かその時は何時までも病まないような気がしていたが。
 その後、風呂に入ったけど、真冬と違い、やはり早く出てきて、上せるたりふやけたりしない。だからか、そのことの印象すら薄い。
 
 しばらくは取り立ててものごとが起きるような感覚はない。週の半ばという、どっち着かずの状態だ。週末の賑やかな感覚になるまでまだ少し。それまではパソコン上で0と1しかないデジタルなかくとうになるのかも。
 
 明日はとりあえず部屋の散らかり具合を半減させるだろう。パソコンは何とか本体を部屋の外側に置けた。でなければもの凄くうるさかった。
 今日はどうやら晴れのようだ。カーテンの向こう側がかなり明るい。

 

2005年3月22日

書展

 今日は時間がすぐに過ぎてしまった。外出していた。大阪国際会議場に行った。第33回「日本の書展」関西展を見に行くためだった。福島の駅からは随分と歩かねばならなかった。JR東西線「新福島駅」なんてのが歩いてる途中にあってビックリした。東西線で来るなんて方法もあったのだ。
 堂島川を渡る玉江橋に出た辺りから急に見晴らしがよくなった。風は吹いてなかった。橋を渡り切った辺りで、案内の掲示板があって、グランキューブ(大阪国際会議場のニックネーム)の場所は分かった。兎に角左に曲がりプロムナードを川に沿って歩いた。駅に着いた時はもう四時だったので急いでいた。展示は五時までだった。建物は見えてきたものの、歩けど歩けど近付かない感じだった。
 途中、リーガロイヤルホテルの脇では大型クレーン車が出てなにやら工事をしていた。
 
 まあクシャミなんかしながら歩いていて何とかついた。ガードマンが突っ立っていたけど、そのまま建物の中に入った。電光掲示板から三階が場所だと分かった。
 受付係が一応座っていたが、入場料はなかったのでそのまま展示ホールに入った。壁掛け用の壁に沢山の作品が掛けられていた。まず先に一応全部見て回ったが、どうのこうの言えるような感じではなかった。ただまあいい感じの作品がほとんどだった。
 一番端っこの区画では、巨匠と呼ばれる人達の作品が展示してあった。ただ、その辺の違いはあまりよく見れなかった。まあ作品に独特の落ち着きがあるのかな、というくらいしか。
 そんなこんなしているとあっという間に五時になった。すぐに閉めるようなので出た。
 建物の中では五階から九階がメインホールでコンサートなどに使うようだった。縦ノリジャンプは駄目という看板があった。大勢が同時にすると近隣の建物までその振動が伝わるという・・・。
 その日は何もないようだったので、五階にあったセルフサービス方式のカフェテリア「キューブ・サンク」に行く。でもその時は食べる気がなかったので、給水機で水を入れて、それだけ飲んで出た。
 もうすることもなかったので、兎に角その建物を出た。
 また帰りにスタバにでも寄ろうとしたが、休日のオフィス街の店は早く閉まるようだった。だから結局西梅田まで歩いた。
 スタバでは腹が減っていたので、コーヒーとチーズクロワッサンのようなものを頼んだ。なんだか沢山歩いた気がして、ようやくそこで休めた。その日は夜まで更けていった。
 帰り掛け歩いていると、北新地の東映会館が全く跡形もなく無くなっていたのに気付いた。駐車場になっていた。それは少しショックというか、逆にぽかんとした。それは、「ここに昔でっかい映画館あってんで」って言って回っても、誰も気付かないくらい、それくらい何一つ残ってなかった。
 なかったからか、そのことも忘れて、もう単に駅までスタスタと歩いた。

2005年3月21日

夜の静寂をひっそりと味わう

 今日も何とか眠れそうである。昨日急になった花粉症はなんとか収まったようだ。やはりこの時期の人ごみは油断ならないな。まあ気温が上がったこともあって、春服で出て行っていたので、それでクシャミや鼻水がどんどんと出てきたのかとも思ったが。
 明日も出掛けるので少し早く起きよう。世間的に三連休でよかった。中日を休日にして英気を養い、また出掛けられる。
 夜中に夜食としてミンチご飯を食べたりしてまた元気が出てきた。クシャミ鼻水は相変わらず出ているが。食後にはお茶を飲んでいる。さっきは突発的にもの凄い風が吹いていたが、今は全く収まり、なんだったんだあれは、といった感じになっている。
 久し振りに、Beauty by Ryuichi Sakamotoを聴いている。出たのは'92なんだね。
 でもこのアルバムを聴いているといつも、色んなものが沖縄からの風に乗って運ばれてくる気になる。特に"安里屋ユンタ"なんて、ホントに笛を吹きながら踊ってる沖縄のおじさんの姿が見えてくるような。
 まあ今日はあんまり書いてられないな。明日も起きんならんし。一体今日は何をしたかって、何時になくクシャミをした。もう一年分くらいしたんちゃうか、っていうくらい。
 ほいじゃぁ、おやすみー。

2005年3月20日

帰宅

 余りに眠い。久し振りに、最終急行とかいうものに乗った。土曜日の夜だからか、半分以上の人が寝てるような感じだった。
 今日は昼間に、妙なワークが入って外出時間が後ろにずれた。居間の家具を二回に上げるとか言うので、偉い騒ぎをして、梯子と紐を使て上げた。直前に準備運動をしたので、どこかがつるということはなかったが。
 そんなこんなで外出した時には五時半になろうとしていた。電車は特急が停まらない時間になっていると思ったので、一つ先の駅から乗った。セミ・エキスプレスだ。何にせよ、ガタゴトと遅い電車だった。普段特急にしか乗っていないので、色んな駅に停まり、いろんな人が乗り降りするのがなんだか不思議だった。
 乗り換えたりしながら、難波駅に着いた時には、もう日は暮れていたが、まだ地平線の下から空がしばらくは太陽に照らされているかのような状態だった。
 観覧車を探して回ったがなかなかなかったので、多分道頓堀だろう、とか思って、心斎橋筋を北上していた。心ブラ、という言葉があるほどに、この筋をぶらぶら歩いている人は多い。商店街のアーケードには、色とりどりの商品が並ぶ。
 ずーっと上がって行って、信号も渡り、工事中の戎橋に着いた時には、ドカーンと辺りに煌びやかな電光看板群あり、その明るさで瞳がやられるかのようだった。
 道頓堀川沿いに出来ると言われていたプロムナードが一部完成していた。屋形船が観光用にか行き来しているようだった。少し歩くと、一際目を引く観覧車があった。丁度楕円というか、細長形というか、そんな動きをする、一応の観覧車だが、外から見てた方がおもろい感じだ。あの高さだったら乗ってみても大して何か見えるというわけでもないだろう、と思た。
 
 でもまあ辺りを歩く楽しみがまた一つ増えた感じだ。ぐりこの看板だけではないのだ。まあ、写真を撮ったりしながら、ブラブラブラブラしていた。途中、蟹道楽や食い倒れの前の筋に行ったりもしていた。腹が減っていたので、そこで六個三百二十円のたこ焼きを食べたりした。まだまだ肌寒かったので中の席で食べれるので、そこで食べた。まあまあ美味かった。本来なら太左衛門橋前の大たこで買うべきだ。やはり蛸がでかいのか、行列ができてた。
 なんとか腹ごしらえをしたのでまたぶらつく。写真をバシバシ撮る。辺りが更に冷えてきたので、すぐ脇のツタヤ入る。少し身体が暖まったので、また戎橋へ。でもまあもう殆ど行く場所はなかったので、取り敢えずスタバに行こうと、また心斎橋筋を南下。すぐそこにあった店に入る。
 先に二階に上がり、本を置いたりして席を確保。レジに向かう。レジでコーヒーを頼む。二百六十円なり。席に着くとやっと落ち着いた気がした。音楽もまあまあだった。グビッと熱いコーヒーを飲み、鞄から取り出した本にのページに目を落とした。
 偶に辺りを見遣ると、空席は全くなくなっていた。皆なんだかわいわいと騒いでいる。休日なので楽しいのだろう。

 そこに居ると時間の経つのを忘れた。かなり本の内容に集中していた。いい音楽が掛ると首を軽く振ってリズムを取っていた。左隣の若い二人連れは、何やら沢山喋っていた。女の方がしょっちゅう笑っていた。
 いつものスタバ状態になってた。また重くても読もうと思ってた本四冊を順に読んで行った。
 十一時にはこの場所を出ないといけないとは分かっていた。終電になってしまうからだ。

 二時間強はそこに居ただろうか。CDプレーヤをセットして、イヤホンをつけて席を立った。カウンターで水をもらい外に出た。コーヒーの後には何時も水が要る。
 心斎橋筋の店という店はさすがに閉まってした。兎に角心斎橋駅まで歩くことにした。また、この時間帯には特に御堂筋は物々しいので、やはりそのまま行く。様々な取締りなどの効があってか、キャッチセールスらしいのは殆どいなくなってるようだった。さすがにこの時間帯にはブラブラではなく、スタスタと歩いた。どんどん行った。
 長堀通りのとこまでいって地下道に入った。地下鉄の駅にもさっさと行った。割とすぐに来た。乗ってる時、やたら携帯を使ってる人が多かったので、自分の携帯も見てみると圏外になっていた。他の人等はきっとダウンロードしたゲームやメールを書いたりしてるのだろう、とか思た。
 やがて地下鉄は乗り換えの駅に着いた。どんどん何か他のことを気にせずに行けたのは、聴いてた音楽のせいだったかも。
 そして私鉄に乗り換えた時は、それは最終のエキスプレスだった。随分待たされた。中では私鉄の料金の高さにむかついたりしてた。でも、荷物を棚の上に置き、小説を読んでると、なんかそういうのも取り敢えずはうっちゃっていた。それだけ話しの内容に集中できていたのだろう。
 やはり小説がいいと思ていた。まずバッテリーが要らないとか。映画をあまり見なくなったのは、映画よりも小説のほうが見る側の自由がある感覚があったのだろう。映画だとシーンAからシーンBまでの時間は何分何秒と決められてしまってる。小説だとまあ、行や字数で決まってしまっているが、そこまでにどういう風に時間を使おうと、それは読み手次第だ。ゆっくり読んでもいいし、途中で休んでもいい。それにもっとも自分にとってそうであってそれがいいのは、耳が自由だということ。まあ要するに好きな音楽を聴きながら読んでられる。これが実にでかい。映画だと、好きな音楽を掛けながら見るわけにもいかない。まあ視覚と聴覚両方を取り合えずその映画に預けないといけなくなる。
 それでも昔は山のように映画を見ていた。寧ろ本は殆ど読んでなかった。それは中々本の内容に集中できなかったし、また捉えることもできてなかった。映画は漫画から遠ざかった頃に沢山見ていた。
 映画にはものすごく感情を左右されてしまう。それは音楽で言うとロックとか歌とかに近いかもしれない。器楽だと、言葉が混じっていない分、聞き手の思考回路の自由度は大きくなる。その音楽を聴きながらそのメロディーがもたらすイメージの周囲でまあまあ自由に物を考えていられる。歌になると、言葉が聞き手の思考の範囲をかなり限定する気がする。歌い手の言葉が変化しただけで、聞き手の感情も一緒になってある程度変化させさせるをえない。
 映画もそれに近い。小説はラインがあるだけだ。例えば「テーブルの上に花瓶があり、赤い花が生けてありました」という一文があったとすると、その花がどのようなものであるかは読み手が勝手に想像すればいい。映画でバシッと絵が映っていれば、それは何の花でどういう状態かまで決まっていて、そこに見る側の想像は入り込めない。
 
 まあそんなこんなで熱く語ってしまったが、帰りの電車の中での小説が、結果色んなことでがんじがらめになりそうだった感情を解きほぐしてくれていたのだ。
 自宅最寄の駅に着いた。ぞろぞろと他の乗客と降りていく。駅を出ても、もちろんもうバスはない。ただひたすら歩いた。途中、コンビニに寄った。肉まんを買った。
 寒い夜道を熱々の肉まんを齧りながら歩くのは決してわるくないし、寧ろ楽しいことだった。バス通りには車は殆ど通らない。偶にマフラーを改造したような車が馬鹿でかい音をたてながら通った。肉まんを食べ終わってもてくてくと歩いた。静かだった。やはり郊外の町に住んでいてもまあまあいいものだな、と思った。坂を上り、住宅街に入り込み、家に着いた時には十二時を優に回っていた。
 

2005年3月18日

変幻自在

 昨日は寝てしまう。明日は土曜日だな。さっそくドンキーの観覧車見に行ってみようかな。あの辺りに出掛けるのは久し振りだ。後は携帯屋に足を運ぼう。
 近頃特に、あんまり大したことが書けないでいる。まあ、それだけ辺りが平和だなー、ということなのだろう。寒い季節もなんとか終わろうとしている。"寒い"と"暑い"は人間強烈に意識するものなのだろうが、"丁度よい"ことには逆に意識が行かない。それはとてもありがたいことなのに、幸か不幸か人間はそのようなものは元々自覚できないように出来ているのかもしれない。何でもそうかもしれない。水とかでも、例えば風呂に入る時に、爪先でちょんちょんと湯をつついてみて、"熱っ"とかなったり、"冷たっ、水やんけー"となったりする。
 味覚でも、美味いものと不味いと思うものは印象に残るが、中くらいのものはない。聴覚もいい音楽、嫌な音とか。

 そう考えてくると、中庸、とは一体どういうことなのか、改めて考えてみるのもわるくない。
 
 しかし、春は例年、夏に掛けての準備期間のようなところもある。身体は冬に耐えるようにきっとどこか圧縮していたり、また脂肪を燃焼させていたりするのだろう。夏に向けて自然と、そういったものが緩んできて、また汗とかで水分を発したりもする。例年そのことはホントに身体がそんな風に変わってきているんだなー、と自覚できる時期もある。必死で変わる環境に適応しようと、変化してきているのが分かる。だけど、それに遅れることもある。ばてる時があるのはそのためだろう。冬場に風邪でダウンするのもしんどいことだけど、夏に向けての時期にばててしまうのもまたおかしい。
 そして、それを通り抜けて、やっと輝ける夏になる。それが七月初旬くらいだろう。でもその後湿度が上がると、またやられることも多い。
 だからほんの一瞬、暑くてもそれを楽しめる期間を楽しみにしている。ちょうど、冬は寒くても、そのカーッと寒い状態を、一瞬だけと楽しめたように。

2005年3月17日

眠れる森

 今日も何とか眠れる時間帯になってきました。でもラーメンを食べる気はしない。今更調理する気にはなれないんだね。空腹かというとそれほどでもない。お米で出来たお菓子があったのを思い出したので、キッチンから取ってきて早速食べた。空腹では寝付けない。
 今日もミンチ大作戦で体調がよい。消化しやすいのでそれでお腹を壊すことは、日にちとかそんなんが大丈夫でちゃんと調理してあればまずない。焼肉の場合は脂身とかでよく壊していた。

 夕方にインクが来た。居たのに不在票がポストに入っていた。電話を掛けると日が沈んでから届いた。さっそくゴリゴリ印刷して幾つかの記事を読んだ。それで満足してたりした。でも、記事というのは意外とちゃんと読むと、それなりの情報が入ってくるものだと思た。
 
 今日は昼間辺り随分と暖かかった。課題だった布製の鞄もゴシゴシと洗ろた。コーヒーが色んな場所に染みていて中々落ちなかったが、まあまあきれいになった。天干しで十分に乾いた。
 後はアマゾンからの本がまだ届かない。携帯をどうしようかと思てる。
 
 昼間は天気予報がちゃんと当たって、ホントに18℃くらいまで気温は上がったんじゃないか。やはり tenki.jpで確認する。雨じゃないか。気温は最低も10℃を上回っているようだが。
 週末は晴れて気温もまあまあ高目のようだ。やっと、当にやっと、"小春日和"とでも言える日々になりそうだ。
 桜が咲くのは29日の予想である。まあいいやなぁ。造幣局の桜の通り抜けの日程は三月中旬頃に決定するそうである。去年の日程は四月八日~十四日だったそうだ。するとまあまあ同じくらいなのかな。

 暖かくなったし、何とか紆余曲折を経ながらも冬を越した気がする。ようやく眠ろうという気になってる。スムーズな音楽に依存していいのだろう。

2005年3月15日

まあコーヒーでも飲んでけや

 またまた激しく眠い時間になっている。風呂に遅れて入った。携帯代を払いにコンビニに行ってきたからだ。本来は引き落としにしてないといけないのだが、殆ど使ってない銀行にしていたからしょうがない。携帯を申し込む時に、偶々その通帳しか見当たらなかったんだよねー。
 だから今は毎月コンビニで払ろてる。これがしち面倒臭い。引き落としの銀行を変えればいいのだが、申し込んだときの用紙をもう一回見つけないといけない。

 まあこの話しはこの辺にしておいて。
 今日はミンチを食べて体調がいい。ブラッドプレッシャーが上がるというか。まあ焼肉よりも消化にいいので。これを徐々に食べていけばまあよくなるだろう。
 ノロウィルスというのがあるらしいが、わたしの場合はノロノロウィルスに冒されたような暮らしをしていた。たがらここらで血圧を上げていくような工夫をしている。
 眠いが、温めなおしたコーヒーを更に薄めたのを飲んでいる。これでしばらくはブログを書いたりするのには支障はない。
 今日よく鏡を見ていたら、長髪だがそれほどおかしくなかった。もっとバランスがおかしいかと思ったけど、そうでもなかった。
 
 明日頃にはプリンタのインクが着くはずだ。そうすると外国語などの色んな記事をじゃんじゃん印刷して、どんどんと読んでいくことが出来る。迷ったがエコノミータイプのインクにした。八百円くらい値段が違う。
 
 相変わらず怠惰系の暮らしは変わらない。床に転がってる本は坂口安吾だったりする。あそこまで自堕落だったら、現代ではどうなるのか。三島氏の本の中では怠け者は排除されていて、一瞬ガビーンとなったが、すぐにげらげらと笑えてきた。

 しかし今日という日には、幾つかの試みが数歩ずつ前進した。まだ公開できる状態ではないが。また、試案の作成もできたので、そちらも形作っていきたい。
 
 

2005年3月14日

まだまだ冬だよ

tenki.jpによると、大阪も取り敢えずは水曜日辺りからかなり暖かくなるようだ。今年は冬が終わるのが遅い。まあ、去年の十二月は取り敢えず冬ではなかったので、まあトントンだろう。例年、まあこれもあたり前の話だが、"冬は三ヶ月ある"。
 とすると十二月の後半からなので、三月の後半まで、ということになる。しかしまあ、何時までも寒いので、予定がなかなか立たないのもまた真だ。だけど、その分、ノロノロしていてもまだまだ大丈夫だと思えてしまう。
 具体的には、やっとプリンタインクを注文したとか、アマゾンで買った本が届くのがまだまだ先になりそうだとか。届いたら、その本とセットで読もうとしていた本も持って、また何処へでも出掛けようと思っていたのだが。
 だけどまたそれもこの寒さで丁度よい、ということなのだろうか。あと、少し汚れが目立ってきた布製の鞄も洗おうと思いつつ、部屋の隅に転がったままだったりする。
 後は何だ。髪の毛が伸び放題になってるということくらいか。一部だけ切るというのが苦手なので、全部切るまであらゆるところが伸びてしまっている。特に前髪と後ろ髪が長い気がする。

 今日はなぜかコーヒーを早めに飲みきってしまい、またカフェインに飢えている。多分新しい豆に変えてからかなり日にちが経ったので、そろそろがぶ飲みするようになってきたのだろう。
 今日の夜も長そうだ。まあでもまだ単に怠けて時間が過ぎていくだろう。

2005年3月13日

ショパン

 気温が低いということを除いては清々しい朝だ。ブログを書くために(?)内省的な気分になろうと、ショパンなんて聴いている。これもホロウィッツの演奏によるもの。大分前に録音してあったのを見つけたから。
 ここ数日、朝起きるのがちょっと困難になってきていた。低血圧ということもあるけど、こう書くと、地震とかの後の帰宅困難者のようでもある。
 上手いこと起きれる術は今のところナッシングだけど。今日はまだましな方で。でも、朝起きたらショパンなんていい。聴くものを変えていってみるか。一生のうちの大半を病魔に冒されて生きてきた人の内なる声かもしれないし。まただからこそ人に聴かせる為の昇華の具合なんて半端ではないのだろうし。

 今日は日曜日なんだな。少し寒いけど、ちょっと出掛けてみるのもわるくない。いや寧ろそうすべきなんだ。市内の図書館は工事中で四月までは開かない。そういえばお気に入りのカフェとかは、ホントに大阪シティの中枢部にしかない。まず、沢山の人が集う必要があるし、それが常時入れ替わる必要もある。雑踏からのざわめきも遠くに聞えて来るとか、そんな加減がいい。
 そうした"条件"の場所に入り浸りつつ音楽に耳を傾けカフェインでトロンとした気持ちになる。
 
 ショパンはチョピンという人もある。なるほどChopinと書くからなぁ。内省的な気分というが、実は間違ってるのはこっちーいつも現実と思っている方ーなのではないかと思わされる。というか、よく意識と意識下といわれ、内省するとは意識下から何か、過去とかに沈んでしまったものを汲み上げるとか、不意に出てくるとか、そういうことなんだろうけど。でもこの音楽を聴いていると、取り敢えずそういう意識の面というのが取っ払われてる。"現実"とかいうものに適応するために、他人から見えにくいものを人はよく自らの意識下に封じ込めてしまう。だけど、それは結局、何らかの形で解放してやらないと、いずれ肥大化してしまうという・・・。
 と、ここまではなんのことはない、どこの心理学の教科書にでも書いてあるような話になってしまった。

2005年3月12日

夜のよさが分かる時

 なんとか一週間が終わろうとしている。また、春分の日が来て、ようやく本格的な春になろうとしている。
 今日はクラッシックを沢山聴いた。ベートーベンなんてホントに久し振りだ。ホロヴィッツのアルバムなんて録ってあったんだね。
 今日という一日はドドーンと過ぎた感じだ。何時もは飲みきらないコーヒー、朝に作ってポットに入れてあった分、も飲み切った。
 夕方には懸念だった作業もこなした。お陰でプリンタのインクが空になった。このブログのお陰で、インク買わなきゃ、っと思い出した。早速注文するだろう。
 一日の終わりにブログを書くのはホントにいいことだ。その日中にすべきことも分かるし、翌日からすべきことも順序だてて整理できたりもする。まあそれも、メモのような形で、時には自分にだけ分かるような言葉で、残しておいたりもできるじゃないか。
 カメラとかに写る自分の写真とか見て、なんて髪の毛がボサボサなんだと、改めて気付いたりもする。冬の間は伸ばしっぱなしだ。冬の方が乾燥してるはずなのに、その分、髪って水分を蓄えたりするのだろうか、あまりパサパサにはならない。逆に夏場はものすごく髪がパサつくので、そんなに長くはしてられない。
 土曜日ってどういう日だ。明るい顔をした人が多く見られる日。多くの人が友人に出会う日。話しが弾み、喧騒のなかですら、そのトーンが上がってるのが明らかに分かる日。
 春からは、色んなものの速度が上がる気がする。それは質量に比例するから。擦れ違う人が増え、様々な方角に行き交い、だから相対的な速度が上がる。街並にスピード感が加わるのはその為だろう。
 わたしは寝る。眠る。春眠暁を覚えず、という状態になるだろう。なんか面白い一日だったな。

2005年3月11日

明日は明日の

 今日は眠くなる時間が早い。なぜなのだろうと、しばし一考。そうだ、昨日は妙に睡眠が短かったのだ、とやっと思い出す。危うくまた、仮眠ー本眠ーブログ書くん忘れた、のパターンにはまるところだった。
 土日辺りにまた本格的に寒くなるそうだ。それよりもなによりも今日はぐっすりと眠りたい。直ぐに眠れるのはいいけれど、眠りの浅いのも困りもの。
 今日も何か取り立てて起こる、ということはなかった。淡々と時間が流れた。既に時間がまあまあスムーズに流れる分の音楽は確保してあるからか。でもそれは、単にデータとしてパソコンに入ってればいい、というものではない。なが~い期間を掛けて、聴き込んできた音楽、演奏家、作曲家、などがどれだけいるかに尽きるだろう。またそういった愛着のある音楽だからこそ、時間というものを構成し支えてくれているのだ。
 
 激しく眠くて、論文のようなものの論を更に展開する方向にはない。別に花粉症持ちではないのに、さすがに今年のものには多少の影響は受けざるをえないようだ。本当に鼻の中がなんだかヒリヒリしてくる。こりゃあ、アレジーの人には強烈だろう。
 
 今日という日は、一応は楽しめた部類に入るだろう。まあ、それよりも寧ろ昨日の影響から浮上して来るみたいな日だった。お出かけは、明日にするか、土曜日のカーッと冷える日にするか、思案中だ。だけど、それもきっと明日の風まかせ。

2005年3月10日

物思い、って

 今日は全く話にならない一日だった。特に後半がわるかった。よく行く地元のコーヒーショップに行ったのだが、雰囲気がよくなかった。まず外国人が多過ぎた。残っている客の半分くらいがそうだったのではないか。また掛ってる音楽も好きなタイプのものではなかった。本の内容にはそれなりに集中できたが。
 
 二十一世紀になって、もう何年も経つ。えっ、今更、というかもしれないが、我々は集団を通してではなく、ネットという不可思議な媒体を通して、知り合いそしてコミュニケーションするようになったのではないか。それと同時に集団は、そういった役割を必然的に終えようとしている。
 
 何時までも郊外の町に住んでいるのがいけないのかもしれない。どちらがいいのかはまだ分からない。本当に都心部の方がいいのか。喧騒の坩堝に居るべきなのか。それともそこから少し離れた帰るべき場所にいるべきなのか。

 それはどっちつかずだ。喧騒の中でくたくたになった時には、この町に戻ってきてほっとするし、またこの町から出ない日が続いたりすると、どーんと様々な潮流から取り残されたような、そう今日のような、気分になってしまうこともある。
 
 ただ、最も馴染みのカフェですら、居心地がわるくなってくる、ということは、お前はもうこの町から出て行くべきだ、といわれているようでならない。

 否、それもただの思い過ごしかもしれない。誰だって機嫌のわるいことはあるのだろう。それが、偶々そこに居合わせた人達が、またその全員が、偶然そうであることも、きっとあるのだろう。

 今日も眠くなった。季節の変わり目、ってきっといつもそうなのかもしれない。単に忘れているだけかもしれない。去年も一昨年も、そうだったのかもしれない。

 

2005年3月 8日

連鎖反応

 ウェブサイトなんて、そんなに丁寧に使わんでいいと、最近気付いた。もっと幾らでも情報を載せればいいし、色んな機能を持たせればいいんだ。そこに大して慎重になってもしょうがない。

 果てしなく眠い。コーヒーを飲みながら書いてる。今日は少し暖かくなってきていた。でも夜はまだまだ寒い。
 今日は何にも起きない日だったなー、というのが感想かな。いや寧ろ自分の作業とかに集中していたから、何処かで起きた事柄についてどうでもよくなっていたんだろう。
 朝、昼、晩と、ちゃんと時間通りに、ちゃんとした食事をしたのも珍しい。そして、日付が変わるより遥かに前に眠くなってきて眠ろうとしている。

 コーヒー豆をカフェヴェロナに変えた。一日目はお腹を壊したが、二日目からは慣れて、十分に楽しめている。だけど、冬場は特に、お茶をよく飲むので、コーヒーを飲む機会が少ない。
 今は眠いが、夜食としていいものは手元にない。空腹で目を覚ますのはいやなので、何か食べたいとこだが。
 機嫌がいいのは、野球が本格的に始まってきている、ということから来てるのだろう。イチローもマツイも今日は大活躍だった。
 
 春になるとやっぱり色んなことの連動が意識できる。冬場でも実はそうなのかもしれないが、目に見えてこない。例えば梅から桜になり、暖かくなり野球が始まる。静から動にものごとが切り替わってゆくようだ。だから連動する。一見関連のないようなことがらどうしでも、触発してまたされてゆく。

 まあいいや。きっと自分もそのなかに巻き込まれてそれがあたり前になってくる時が、そう遠くないうちに来るから。楽しみ。
 
 

2005年3月 7日

果て

 今日は早めに追加。
 昨夜は書けなかった。色々消化しきれない影響があって、一晩眠ってしまうことにしていた。
 日曜の昼間に出掛けた場所には、巨大な一枚の絵、-それはさながら壁画のようー、が掛けられていた。見入る、というほどではなかったが、少しの間引き付けられていた。
 鮮やかな色合い。暗さと明るさとが混在する絵。狂気と冷静と。
 うーむ、と唸り、一旦はその場所を離れた。生前の作者の出ていた、多分フランスのテレビ局のドキュメンタリーが、映画形式で流されていた部屋があったので、その場所に向かう。多くの人でごった返していた。あたり前の話だが、作者はフランス語で答えていた。全く分からなかったが、字幕はまあ付けられていた。
 しばらくしてわたしはその場所も離れた。また絵のある場所に戻った。その絵は、後に知ったのだが、巨大な絵を作るための絵の一つだったそうだ。
 「明日の神話」の原画だそうで、原画は十メートル八十五センチの横長だった。そして、そのかつてメキシコで製作されたというものは、三十三メートルにも及ぶものらしい。

 しばらく時間があって、ようやく、絵に見入ることが出来た。だけど、意味とかそういうのは全く分からないし、また定義できるとも思えなかった。ただ何か、絶対的なものが、そこに在る、ということだった。今、実はあらゆるものがヴァーチャルになってきていて、在ると感覚があえて認識するものは、ほとんどなくなってきている気がする。
 それは作者ー岡本太郎氏ーが、そこに確かな何かを残したと、いうことなのだろう。太陽の塔、に似て。
 
 その絵には具体的にどう思えたか。暗いとか明るいとか、絶望とか希望とか、そんなのどっちでもえーんちゃうん、とかいう第一印象だった。
 

2005年3月 6日

たいやき焼けた

 やっとまたブログというものに戻ってきている。今日はレンタルCDを三枚借りた。当日返却だ。だから、夜中に行ったにも関わらず、ものすごい深夜になって返しに行かねばならなかった。さいわいうまいことパソコンに取り込めたが。深夜の外出は全くの厳寒だった。だから厚着というよりも寧ろ着膨れした格好で行った。帰りに古本屋でぶらぶらしていたら、何だか身体が温まってきた。
 外を歩いていると、確かこの辺に自動販売機があったはずだ、という場所に行った。お菓子の販売機だ。コロンというものを買った。
 よく思うのに、お菓子の自動販売機、ってほとんどない。ジュースはともかくとして、アイスの自販機よりも少ない。コンビニで百円程度の買い物をするのは何だか嫌だと思う人は多いはずで、そんなのがジュースの販売機の横にあれば、結構売れるのでは、と思った。まあ、補充が困難なのかもしれない。ジュースと違ってお菓子の会社は、そのようなルートを持っていないのかな。
 
 何にせよ、今は、そのコロンとコーヒー、これは昼下がりに作ってポットに入れてあったものをもう一度レンジでチンしたもの、を録音したCDを聴きながら、これを書いている。その音楽は、グルードのモーツァルトだ。これを借りたかったのか、もう一枚の速い方だったのか。
 でも、内田光子さんのをよく聴いていたので、何だか別の音楽みたいで、こっちもいい。昔よく聴いていたので、結果としてこっち(グルード)の方が好きだなぁ。
 僅か五十数歳で脳溢血で亡くなったそうだが、後期には録音しかしなくなったので、どこまでも極め過ぎたのだろうか。こういう音楽って、これで完璧、っていうのにはやっぱりなかなか。

 コロン食べ終わりました。なんだか物足りないけど、CD録音してる時は、冷凍食品の鯛焼き食べてたからね。寝る前に食べ過ぎるのはどうかね。

 

 

2005年3月 5日

不規則動詞

 目が覚めた時、ストーブの灯油がなくなっていた。それほどの寒さではないが、やはり寒い。寒さで目を覚ました上、また階下に行き、灯油を補給してこなければならない。
 
 そんなこんなで、中途半端な時間に起きてくるハメに。しばらくうまく付けれてなかったブログを書くことにする。

 冬場って、ただでさえ、睡眠がおかしくなってしまいがち。よく転寝というけど、そんなのするのは冬場に限ってる。食後でもなんでも、横になったりしているとついついうとうととしてしまう。そして起きたら中途半端な夜中だったりするだろう。
 でも、今の所、それに対するこれといった解決法はないようだ。

 たとえば今の時間は、深夜の二時半だろう。今からもう一度寝る気になれない。ただ、幸いなのは、ネットには、あまり時間感覚がないということ。いつも巡回する幾つかのブログなども見れるし、そこに時間制限があるわけでもない。
 だからブロガーには期待しているし、また期待されてもいるだろう。だからこんな風に間が空いてはいけないのだ。

 今からは朝食になるけど、今日は土曜日だけどまた家にいそう。わかんないけど。

2005年3月 2日

どうもである

 今日は非常に極端に眠いのである。昼間はコンテンツを撮りに街をフラフラしていたのである。大阪城の周りをほぼ一周したのである。お陰で足が棒になったのである。その後梅田に出て、スタバで時間を過ごしたのである。極端に混んでいて、しばらく待たねばならなかったのである。
 夜半に帰り掛けの時には、随分と寒かったのである。久し振り混みあった電車に乗ったのである。
 帰宅後、ささっと晩飯を食い、いつもの巡回先のページを見たのである。ブログの書き込みに潤ときたりしたのである。しかし、そんなときですら、眠気が爆発しそうなのである。昼間の暖かさに比して、この夜の冷え込みは、極端なのである。なんとかして欲しいのである。
 街ではちらほらと、花粉症用の巨大マスクをしている人を見かけたのである。拙者にはまだ来ていないのである。今年の花粉量からして、拙者もなるかもしれないのである。何時になく早足で帰宅したのは、きっと眠かったからなのである。眠気の前にはあらゆるものが無力なのである。だから拙者は寝るのである。おやすみなのである。