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2005年10月29日

良薬口に苦し

 昼間に雨が少し降ってきていた。だが、それ以上に辺りは薄暗かった。多分雲が空一面を覆っているからだろう。
 昼ごはんには、思い切って血圧の上がりそうなものを多目に食べた。味噌汁とミンチがメーンだった。塩分は意識して摂らないとついつい控えてしまいがちだ。
 なにか浮かない気持ちでいるのはブログを飛ばしたためかもしれない。夜中まで作業が入り込むと、眠る間際までいってしまうので。

 昼下がり、ご飯を沢山食べたので、眠くなってきている。

 実は日付がかわって夜中なのに、続きを書こうとしてる。 
 午前中とか昼間とかって、やっぱり書くことないのかも。
 一日の終わりには、やっぱりその日のことがなんだかんだあるのだろうし。よく考えてみれば、このブログもそんな時間帯に書くことが圧倒的に多かった。でも、日にちが空いてたりすると、どうしても焦っちゃったりして、早い時間帯にむりに書こうとしちゃうんだろうね。
 
 今宵は随分と遅くに風呂に入った。丁度風呂で日付が変わっていたようだ。仮眠を取る時間が遅く、なぜかこんな時間に。まあまだまだ寒くないからええようなもんやけど。
 ここんとこパソコンでの作業が立てこんだりしたけど、昼間には買物の運転手になってしまっていた。スーパーの駐車場で待ち時間が長かった。でも、そんな時間帯にも貴重な読書時間に充てることができた。そして読み止しの二本の小説を読み終えることが出来た。『妖虫』と"The Human Chair"だ。どちらもそれぞれの本の中の一話だ。
 読んでる間は、それが雨曇りだったからか、全くギリギリとした気分でいた。読めば読むほどに感情がきりきり舞いさせられていたようだ。
 だけど、時間を置いて、夜中の時刻になってきた頃には、あ~、読んどいてよかった、と思えている。良薬口に苦し、とはこのことやろなー、と。

2005年10月27日

いざ、難波へ

 今日は早い時間帯に風呂に入ったりして神経を休めた。微妙なことで苛立っていて、それが取れてこなかったから。
 明日は金曜日なんだけど。ちょっと数日浮かないので、また難波あたりに行くかも。心斎橋筋をゆらゆらと人並みに揺られながら歩いてると気持ちも晴れてくるのかも。でもそこに行くまでの地下鉄が嫌だったりする。帰りの地下鉄も然りだ。
 少し歩かないといけないが、環状線で行くという手がないわけではない。
 で、調べてみると、『JR難波駅』というのがあるじゃないか。これは確かちょっと前まで別の名前でだった気がする。
 更に、Yahoo!路線情報で調べたところ。地下鉄以外に、JRと近鉄という二通りがあるのが分かった。大阪にウン十年も住んでながら、まだまだ知らへんことが多いねぇ。
 しかしこの内、鶴橋経由の近鉄線は却下やな。料金が倍から掛るわ。
 で、やはりJRやろ。時間的には、実は地下鉄よりも早く着くようなことが書いてある。おー、これはでかした。

2005年10月26日

十一月とか冬に向けて

 よくない時にはそんなのが続くものだね。
 折角書いた文が、ブラウザが落ちてしまい藻屑に。下書きモードですら保存してなかった。なにか書く際にどこか他のページを開けた。で、そこを閉じようとして、インナーの×マークを押していた。重くてなかなか閉じないので二度三度と押してるうちに何故かブラウザが閉じてしまった。
 
 まあでも沈んだ気持ちを延々とスケッチしたかのような文章だったので、寧ろ屑のように流れていってよかったのかも。あと、こうしてより多くの文章を書きなさい、ということなのかもしれんし。そういう時って、洗いざらい吐き出した方がええねんけど、どうしてもブログだと余りに長いのもな~、と気が引いてしまったりもするしな。
 
 よく起床後三時間は~云々という話しを聞いたことがある。そういうことでもある。分かっていながら、三時間もしてくれば、自然とある程度気持ちが上向いてくるのだろう。
 そうなのだ。眠ってる時って、深層心理が夢に出てくるらしいから。つまり海でいうと、光の中々届かないような深~い場所。で、目が覚めたからといって、そこからパッと海面に出てくるというわけではない。五感は反応してても、意識まで完全に起きてしまうのにだいたい三時間、ということなのではないだろうか。

 今もなんだか危うかったので、とに角保存しましたー。

 しかし妙に気持ちが焦ってんなー。
 

2005年10月23日

ぶれっくふぁすと

 昨日は昨日でおかしな夢を見た。で、寒くなってきたからか、必ずと言っていいほど夜中に一度目を覚ます。これはかなわん。
 起床後、かなりの時間が経ってるから、もう夢の内容はほとんど忘れた。でも、火事の夢だったことくらいは記憶してる。家の裏側の塀の下の家がよく燃えていた。で、なぜかここにはいないはずのおばあさんがいて、早く逃げるようにと言いに着ていてた。私は自分の部屋に戻っていたが、熱がこもるというので、窓を割ってしまいなさい、とかおばあさんに言われた。そこまでせんとあかんのかな、とか思いながら窓を開けて、下の方の燃え方を見ていた。結局、窓を割るところまでいかずに目を覚ました。
 
 大阪辺りも随分と寒くなってきている。午後のひととき、家の中でうろついていると、裏の納屋の所だけが妙に暖かだった。まあビニールハウスのような格好になってるので、熱が溜まるのだろう。そこで小一時間くらい居たいような気分だった。
 でも本来の目的はコーヒーを作ること。最近はUCCのコーヒーにも慣れてきてる。意外と旨く感じてくるから不思議だ。スタバのコーヒーはスタバに行った時でいいと気付いた。
 
 今日は朝食に食パンが一枚しかなかった。これはかなわん。朝食には食パン二枚半と決めてあるので。他のでは駄目なのだ。味の付いたパンでは駄目。真っ白な食パンに自分で味付けをしていくのがええのや。一枚目は、カットしたチーズを乗せて焼く。焦げが付くか付かんかのギリギリのところで出してくんのがみそ。
 二枚目、二.五枚目は共に焼いた後蜂蜜を掛けて食べる。これがまた美味いんやなー。飲み物は最近は紅茶や。コーヒーは一々作るのが面倒いし、また味に若干濁りがあんねんな。紅茶は普通ーのティバッグで二杯はいけるからなー。もうそれで充分に目が覚めるしな。
 
 そうやのに今日は一枚。しかも半分にした残りが二つや。で、チーズの分だけ。そやから紅茶も一杯きり。まあ少食な朝やったな。

2005年10月21日

修学旅行と酔っ払い

 夢をみた。一度目が覚めて二度目にもまた別の夢をみた。
 一つ目は修学旅行に行く夢だった。なぜか新幹線と観光バスを乗り継いで、長い長い道を行く。新幹線では、通るはずのない地元の私鉄の駅なども通過した。それに途中から雪が随分と降ってきていた。
 さらに場面は観光バスのシーンに。途中は日本アルプスのような場所を延々行っていた。こちらではもう雪がすっかり溜まっていて、また既に除雪されたような跡があった。沢山の曲がりくねった道を行くバスのなかでは、かなり喧しかった。
 そんな中、事故の話が舞い込んできた。近くの観光地に行っていた別の一行のバスがどうやら事故ったらしい。で、こっちのバスの中ではその話しで持ちきり。しかしバスは行く。で、段々と大事のようだと分かってきて、そのバス会社の社長までが現地に向かってるという話になってきていた。

 一個の夢はそこで途切れた。今季初めて寒いと重い、布団をごついのに変えたとか、そんなのが影響してそのような夢をん見たのかなとか思っていた。が、目覚めは全く良くなかった。それにまだまだ夜中だった。起きて直ぐに、いつも聴く音楽を掛けて、とりあえずトイレに行った。体内に溜まった水分が全て出て行くかのような長い時間だった。
 いつもする読書。三冊の本を順に読み進める。その間に音楽が聴いてきて、起床後の強烈な不快感から徐々に戻りつつあった。で、三、四十分が経って、いつもなら朝食にと階下へ行くのだが、まだ深夜だし寝不足気味。「鞄の中に飲んでないペットボトルがあったな」と思い立ち、それを手に取ると一気に飲み干した。
 それで充分だった。また寝ることになった。
 
 続いて、見たのが、酔っ払いの夢。いつも歩いてるはずの駅前通りに、なぜか酔っ払いが大勢いて、色んな奴どおしが絡み合っていた。わたしもなぜか一杯飲み屋に行ったりしてた。で、既に酔っていたらしく、そこでは一杯の牛乳を注文していた。三百円かそこらやねんけど、店の人は「ハイ三百万円」とか、ギャグのようなことを言っていた。で、その立ち飲み屋は、さながら競馬帰りのおっさんらの溜まり場のようにごった返していた。
 わたしはその牛乳の入ったグラスを持ってそそくさと店を出た。で、また通りを歩いてると、何故か某有名AV男優がいて、ぐてんぐてん酔っ払ったおっさんが喧嘩のようなことをしていた。そのおっさんはすでに伸びていて、路上に寝込んでいた。となりに交番があるのに誰もこーへんなぁ、とか思いながらその様子をみしばし見ていた。
 で、そやつは、なんとかしてそのおっさんをビデオかなにかの現場に連れて行こうとしていてたようなのだ。しかし初老のおっさんはぐてんぐてんになっていてろれつが回らず、また歩くこともできなさそうで、地面に引き続き横たわっていた。
 そんな連中のいるところも通り過ぎ、わたしは手に持っていた牛乳をぐぐっと飲み干すと、辺りににびんとか置いてあった箱があったので、その中に置いて、どことはなしに歩いていった。

 で、目が覚めた。もうすっかり明るくなっていた。今朝二度目に随分と気分のよくない目覚めだった。わーわー言いたくなるような気持ちのわるさだ。さっき摂った水の分なのか、またトイレに直ぐに行った。冬場はトイレが近いというが、もうそんな季節なのだろうか。枕の横にあったパソコンは熱で電源が切れていたようだった。
 やっと朝食にありつけるようだった。

2005年10月19日

やっぱり必要なもの

 ブログとは、付けなれば文にならないものである。by masary

 最近は、オタッキーのようになってしまったこともあり、書く内容がほとんど見当たらない。あれほど行っていたスタバにも、もう丸で行っていない。また、スタバのコーヒー豆は割高だということもあって、今日はコンビニでUCCの豆を買った。六百幾らかで、スタバのものよりも五百円近く安いのだ。
 というのも、秋らしくなって以来、朝食にコーヒーを飲まなくなったから。でも、昼下がりには強烈にそれが必要になってくるんだね。でもそういう時って、別に"味"が必要なわけではない。カフェインがありゃぁ、それでいいのだ。その点、インスタントではやはり弱い。
 コーヒーメーカーで作ったものなので、三時頃に作ったのをまだ飲めている。夕飯の時間までなんとなく優雅だ。
 
 

2005年10月16日

お腹グルグル

 日にちが開いたけれども、また投稿。
 今日は長い時間、重い音楽とか聴いてたので、若い人のに切り替えてる。松永くんの"TAKASHI~introducing Takashi Matsunaga"というアルバム。これも結構特別。だから偶にしか聴かない。
 一昨日辺りから、随分と睡眠の取り方がおかしかった。長いのと短いのが入り乱れてたし、目が覚めてまた寝たりしてた。
 今日は上手い具合に外出できんのかな、という気がしてる。でも、図書館にはどうしても行ってこないと、とかは思てる。中央図書館やねんけど、場所的に不便やし、車道も細いとこをうねうねして行かんならんねんな。読み終えた本、"A BOY CALLED H"の返却と、次に借りよう思てる本ももう決めてんねんけどな。ただ車道で神経使うのがややねんな。なんも考えんと走れるような道やったらなんぼでも行ったるねんけど。
 まあ、後はスタバやねんけど、別に行きたいって気はないねんな。お茶類がないからなー。紅茶もそんなに美味くないんよ。でもちょっとはそんな場所でぼんやりとしてりする時間も今は特に必要やねんけどな。いつもいつもガリガリやっとったら、その内頭いかれんのちゃうか、とか思てたりもするしな。
 
 そうやねん。お腹の調子がおかしいんよ。昨夜に目が覚めたのもそれが原因やってんや。半端じゃない壊し方したもんね。カレーに入ってた肉が多分古かったんやろけど。その上生焼やったんちゃうかと思てる。多少古うても、あんじょう焼いてあったら大丈夫やねんやろけど。だから、今さっき、ダイニングでコーヒー作ろか思たんやけど、グルグルきたので正露丸飲んで、代りに白湯入れてきたわ。
 今日も横になっとけ、ってことなんかな。昼間温度上がってきたなー。

2005年10月13日

衝撃と緩衝

 まだまだ途上やねんけど、時間は経つし、とりあえず投稿せんとな。

 色んなブログからリンクしてあるページから、また別のブログとか読んだ。なんと中学生のものらしい。まあ、パソコンで打つのだから、できんのかもしれんけど、いい文章だ。漢字もしっかり使えている。大人でもまともな文章を書けない奴等は一杯いるのに。
 
 無垢な時だからこそ知りえた人は貴重だ。外面的に大事にはできてなくても、心の中にしっかりと入り込んでいて、きっとナチュラルに大切にしている。
 
 もう去年だったか、まだ借り物ブログをやってた時に引用した、村上春樹の『スプートニクの恋人』の一説がある。再び引用させてもらうよ。

"どうしてみんなこれほどまで孤独にならななくてはならないのだろう、ぼくはそうおもった。どうしてそんなに孤独になる必要があるのだ。これだけ多くの人々がこの世界に生きていて、それぞれに他者の中になにかを求めあっていて、なのになぜ我々はここまで孤絶しなくてはならないのだ。何のために? この惑星は人々の寂寥を滋養として回転をつづけているのか。"

 この一説が、今またよみがえって来たんだ。われわれは、もう知り合うことができない。少なくとも、無垢な頃のようには。
 だから、その時その場所での記憶は、掛け替えがない。お店のお菓子をくれたあの人はもういない。

 あんまりよそ様のページばかり見ててもしゃあない。早過ぎる流れには近付けない。ブログにしても、ちょっと前までは、もっと流れが緩やかだった気がする。でもきっと皆が"ブログ慣れ"したんだろう。より多くの情報を、より短時間で詰め込むことができるようになって来てるのだ。
 「あぁ、あの人はこんなこと言ってたなー」でコメントをしようとかすると、そのテーマが頭の中で寝て、まあしばらくしてからコメントに書こう、としていると、直ぐに一日が経ってしまう。するとまた別の投稿がアップされていて、なかなか書き込めない。
 そんなのを繰り返してる気がする。

 ここ数日、色々思いついたことがあってそのままになってたことを書き記したい。
 最近、外国の本を読んでいない。英語のものを読むことがあっても、日本語からの翻訳だったりする。昔の欧米文学のような豊饒かつ濃密な味わいのものからはすっかり離れてる。でも、それは彼等にとっても外国みたいなものだろう。ちょうと我々が昔の日本の品々をアンティークのように扱うのに似て。
 
 今、自分が何を求めているのか、或いはまた、その種類すら分からない。実はもうその中に入り込んでるのかもしれないし、またないのかもしれない。
 でも、そんな状態でなんとか表現しようしてるのは、多くは外国人だったりする。先にあげた、"孤絶"の問題を身に沁みるほどに分かってるのは欧米には多かったりするのだろう。だから、ちょっとしたコメントの投稿などに、敏感に反応してきたりする。しっかりとした返事がくるのだ。
 
 今日という一日は随分と長い。しばらく行ってないスタバにでも、明日には行ってみるかな。ここしばらくちゃんとしたコーヒーも飲んでないからなー。でも昼間は今こんな時期でもまだまだ暑そうや。
 

2005年10月11日

復旧途上かな

 なんとかメーンのブログが復活してきました。でも、デザインとかはまだぽー。ここ二日くらい、ぶっ通しでやっとったから、まあ喜びもひとしおでございます。ていいつつ、myの方に移っとりますが。
 別に海外の高名(巧妙)なハッカーから攻撃を受けたとか、そんな訳ではござりません。前々から抱えていたデータベースとやらの問題が、アップグレードに際して一気に噴き出したとかそんなもんです。
 パソコンの問題てはまると深いし大きいね。一度はまり始めると要らんことしてまた深みにはまるという。
 でも、色々と調べたりしてる内に、色んなことがよく分かるようになってきた。で、バークレーDBとやらを知らぬ間に使ってしまっていた。移行は、マニュアルに書いてある通りにはできなかった。そこから延々と試行錯誤が始まっていった。
 そういったことをガチャガチャやるのって、ちょっと思い返しただけで、濃密な時間だ。すごく目まぐるしく色んな所を走り抜けたような感じ。
 でもこのエムティさんも、有料版無料版を分けるためとはいえ、万が一の復旧がもっとし易くするようにはでけんのかね。
 
 そういや、その前には競り落としたかったノートパソコンが、思わぬ値のつり上げにあって、結局退散した、なんてのもあったなー。あれは絶対に出品者とつるんどるで。でなければ自作自演かのどっちかだ。後十秒のところで、上手い具合にビッドしたのに、そこからまだ時間延長づらぜよ。オークションの終了時間はそんな簡単に延長でけんようにしといてもらいたい。しかもそれが三度か四度くらいあった。
 
 でもブログてええな。文章が公開の形で残る、ってなんか最高やな。またこれからこのmasaryブログのデザインも以前仕様にするかどうかも考え中や。とりえずインナーリンクとかは完全に修復しとかんと、ここにいきなりきた人とか、どこのページやら分からんようにもなるしね。
 
 
 

2005年10月 8日

腹減った~

 朝ブログみたいになってしまった。伸び伸び伸びにしていると、夜なんてあっという間に明けちまう。だからカーテンを閉めて、部屋を暗ーくしてこれを書いている。モニターがやけに眩しく感じちまう。
 ブログが唯一、外側への接点だったりするのだから。トラバーズを通じて多くの人がここへ来てるのが分かるから。
 そういや、電話がきた。バンザーイだ。電話といっても電話機だ。IP電話用のだ。どっちにしろ自分用のって、何年か振りだ。じゃんじゃん喋ったるぞー、といいつつ、そんな相手らおらんけどね。
 朝から空腹。夕食は深夜近くに食べたのにね。またでも十時間近くたってりゃ、まぁ当たり前か。でもきっとこの空腹を抱えたまま眠っちまうだろう。

2005年10月 6日

渡りに船

 朝起きた時には、妙に感覚的に煮詰まっていた。それにコーヒーの豆を切らしていた。どうしようかな、っと思っていた。まあとりあえず起きてまうことやと思いつつ、階下へ。
 ダイニングで見つけたのは紅茶だった。新しく購入してあったようだ。なんにせよ、渡りに船、とばかりに今朝はそれを飲むことに決めた。
 朝食は、食パンに固形チーズをスライスしたものを載せて焼く。ミニピザみたいなもんだ。でも、まずその前に、コップ一杯の水をいつも飲む。その方が胃腸の調子がええからや。
 で、その船が正解だった。随分とカフェインが、スーッと効いてきて、いつも以上にいい気な朝になった。コーヒー以上に苦味がない分、ダイレクトに来るのかもしれへんな、と思っていた。
 その後、二枚目は、焼いたパンに蜂蜜を塗ったものを食べる。いつもながら、後半分も、蜂蜜を塗る。
 

2005年10月 4日

希薄な場所

 最近は、気持ちがジリジリしてきている。なにかが始まろうとしてるのかもしれないし、また遅々としてるのかもしれない。でも密かにだが、コツコツとは進んでるはずだし、そんな実感もある。
 最近、オークションのサイトをよく見るようになった。まあ電話とか探してんねんけどね。
 ずっと前に携帯をネットで買ってんけど、まあまあよく動いてま。まあ、さらやから当たり前やねんけどね。
 秋になって、何かとパソコンに貼っ付いている時間が増えてる。ほとんど起きてる時間を費やしてるようなもんかも。しかしまあまあ発見は多い。
 秋はいい時間帯には、涼し過ぎたりして、なんとなく散歩するのが億劫になる。かと言って、日差しが照りつける中を歩けるわけでもない。どうしてもパソコンの作業量が増える増える。
 しかしそれってホントに取り留めのないことの連続。あれをしようと思っていても、偶々別のページを開いてその内容に目が行くと、もう何をしようとしていたか忘れてしまうことがある。しばらく頭のなかで辿るような時間があり、あっそうだ、と思い出す。ホントに全てが電子化されていく時、多くのものは記憶にも止まらないくらいに希薄化するのかもね。
 でもそれは人間は人間だからだ。とかそんなことがふと頭に浮かんだ。だから人間には人間との関わりが、きっと一番記憶に残る。或いは、遺伝子がそうなってる。犬が散歩中に別の犬と出会うと、しきりに吠えるのに似て。
 

2005年10月 1日

半球

 なんか、とても怖い夢を見たのだが、内容はよく思い出せない。どこかに捕らまえられて、閉じ込められてたような感じだったけど。 

と言ってる内に、夜中になってしまいました。河川敷に散歩に行ってました。夜中なのでちょっとスリルがありました。人影があるだけで、なんか妙に距離を置いちゃいますね。
 パソコン画面ばかり見ていると、遠くを見る機会が少なくなる。また、歩くというのは、やっぱり人間にとって基本だと思う。
 途中、川に掛る大橋から、バイクの爆音を鳴らしてやってくる連中がいました。やばいかな、と思た。昔の河川敷公園とかできる前には、土手の道からなだれこんで来る連中もいただろう。
 でも、最近綺麗に舗装された道路をドーンとやはりでかい音を鳴らしながら行った。プルルルルルルッ、と乾いた音が後から後から響いた。
 
 最近、ブログ人という言葉ができてきてるようだが、全くそういう感じになってきたなー。ネットってどうしても参加型だからね。参加すれば色々な発見があるけど。繋がりも意外と強い。やっぱり瞬時やもん。トラバにしてもコメントにしても、ジャストアセカンドで相手に届くんやもん。それに、物理的な距離は、少なくともこの地球上に住んでる限りは殆どカンケーない。
 そういえば、昔、Hemisphere っていう曲があって、"光の速さで泳ぐ旅~♪"、って歌詞を覚えてるよ。あのアルバムが出たのは1995年か。もう十年になるんだねー。サンフランシスコにいて、全く持ってなかったのに、ジャパンからのインポート物で40何ドルかもしたのを覚えてるなー。あの時、バージンレコードの若い女の店員さんが、その値段を不審がって、チーフか誰かに態々確認に行ってくれていたのを覚えてるよ。だって、米国では洋楽のフツーのアルバムは十数ドルのがほとんどなんだからねー。
 そんなこんなで入手したものだったから、鳴りのよくない超安物のラジカセで、なおかつヘッドフォンで、延々と聴いていたねー。全部で51分くらいみたいやけど、300回は聴いたと思うよ。
 懐かしい。28.8kbpsの壊れたモデムでひっしでインターネットしてたのが思い出される。知り合った友達が、もう何セントかしか電話のアカウントが残ってなかったのに、アクセスに失敗してアポーン、てなこともあったな。
 僕のインターネットのイメージって、常にそこにあるような。ネット原風景なんて言葉があるかどうか知らんが。ネットスケープversion1点台とか使こうてたんやからねー。それで小数点以下にもう一個点があって、この点はなんや、とか。
 
 話しが流れに流れたねー。
 夜中とか、あんまり光のない空間で、ヘッドフォンから静かに流れる音楽だけに、傾けて、綺麗に刈られた芝生の上を僅かばかりに見える星々を偶に見たりしながら、物思いに耽りながら、歩いてたから。やっぱり、色んな感情が、頭の中を巡り巡ってたんだろうね。
 
 その場所は涼しかった。凛としていた。ただそれだけで十分だった。