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2006年9月28日

時間

 なんか今日はいつもと大分気分がちがう。つーかなんかやばいくらいに苛ついてたりしてた。わけはよくわからん。例によってコーヒーを飲みにきた。家以外で一番落ちつく場所やけど、月曜日は当然の如く客が異様に少ない。週末の半分もいないのや。でもにも関わらず、閉店時間は十時半であるのはありがたい。
 鼓動が速くなってきてるのがわかる。胸のポケットからipodを抜いてテーブルの上に置いた。ホンの少しでも身軽でいたいからだ。今日は比較的時間が沢山ある。バッテリーの持ち時間は変わらないけど。音楽は特に好きな種類のものではないけど、取り敢えず気にならない。環境に溶け込んでるな。
 朝起きてからの時間の使いかたが無茶苦茶やったので、それが苛立ちにつながってるのやろ。とりあえず交通量は少なくて、そのへんで神経を使わなくて済んだのがよかったし、図書館の駐車場も空いていて、止めるのに労しなかった。
 だから問題は単に自分の気持ちだけやったのやろう。でも、それが一旦整理が付かなくなると、そういう時間が延々と続いてしまうもんなのや。場所を変える。自分が落ち着ける場所がもう一箇所でもあれば随分と助かるもんなのや。とにかく時間を過ごせるようにすること。方法はよくわからない。時間はまだ一時間以上たっぷりある。今日は野球の試合がない。だから携帯も気にする必要もない。
 昼間にDVDで映画をみた。日の名残。一度見ただけでは内容はよく掴めていない。ただ、前半はかなり重苦しい話しの内容やった。ノートパソコンで見ていて、それも影響していただろう。
単に疲れているのだろうか。昨日の夜中に例の笑い声で寝つけなくなってしまい、一時過ぎに起きてしまう。そこから急に朝食を食べて、朝までの時間は随分と無為やったな~。それが今日の全体に影響したんやろ。
 時間とか焦ってみてもしょうがない。今日はむしろゆっくりする為にここに来たのやから。でもいざそうするとなるとこれという方法がない。ボブマリーの曲は聞き慣れないけど、取り敢えずそこに意識をやって時間を前に進めていく。
 今日のコーヒーは特に旨くはないけど、カフェインが回ってくればそれでいいのやけど。それでもここへ来て二十分くらいしてて、それだけで気分も大分ましになってはきてる。
 途中、昼寝に近い時間帯もあったけど、ここでの時間をターニングポイントにして、また次へ進めるような気もしてきた。
 映画の中でもそうやったけど、何か物事には常に影響がある。そして、その影響も時間と共に失われていくものなのや。まあ確かに日々なんらかのことがありそれが影響し、そこから離れる。
 すると今ここでしてるのは波間の緩衝のようなものやろ。その波動のようなものが収斂していくのを待っている。
 人が混み始める。もう一度音楽に耳を傾けてみる。でも、妙に引っかかりがなく掴みどころがない。それに掴まって時間を進めていくには少し足りないな。ビートが邪魔をしてるのかもしれないし。音楽はビートがなくてもそれ自体で時間を構成してるのやから、敢えて刻を入れる必要もないきもするんやけど。
 でも、時間を失うことも多い。それがどういう時に失ったことになるのか定義はないのやろけど。取り戻す為に記憶や思考を辿ってるのやろう。失われるのではなく経過してるだけなのやから。その間も自分は確かに生きていて、なにか色んなものが自分を通過しそしてなにかを残してってるのやから。それを偶にこうして拾い集めるということなのかもしれない。
 どこかで見た人も去っていく。九時になろうとしている。今はただ只管待つことが必要なのだ。何かを誰かをではなくその際に何時も誰にも対象になる時間をだ。

2006年9月23日

 今日は時間的にきついな。車での小刻みな外出が三回もあった。まあそういう日はえてしてなかなか落ち着かないもんや。最後の外出はコーヒーショップに。巻き返しを計るためや。でも一日の時間はどんな日であれ限られてるので、巻き返しも簡単にはいかない。 まあ全ての始まりは昨夜にあった。というか今朝である。レンタルDVDの返却に国道沿いの店に行ったのはええものの、棚卸し中で返却のみの取扱いやったのや。返却はその日までやったのでまあそれは仕方ないとしても、やはりDVDなしの時間を過ごさないといけなくなった。
 なんやかんやで、午後の夕食後、もう一度ショップへ。交通量の多い時間帯や。またそのビデオ店のあるとこの交差点は地域でも交通事故の多い場所なんや。で、その交差点を避けることと、ビデオ店の裏のパチンコ屋からの駐車場から入れる道があったはずやと、一つ前の交差点で右折。ところがその小さいし裏の入口が見当たらず、また慣れへん細道の為、とおり過ごしてしまう。するとしばらく曲がる場所がなくどんどんと道を行くはめに。
 うーむ。これはやっかいやと、もう一度国道の交差点を探すも、なかなか見当たらない。結局十五分位も走らせてようやく見付かる。そこからまた南下して、ようやく元の交差点へ。
 なんやビデオ店へ着いた時には意味なくへとへとやったんや。ようやく『日の名残』を借りた。百八十円なり。ようはこれだけのためや。ガソリン代の方が高ついたわ。
 その後はともかくとして、時間が押してしまい、まもなく日付も変ろうとしとるやんけ。こういう日って色んなことが後ろへ後ろへと押してしまう。
 まあでもまだましやろ。とりあえず今日のところは、借りてきた『日の名残』に期待するとしよう。

2006年9月21日

夜のひととき

 九時になってきてる。少し遅い。駐車場の閉まる時間が十時なので、もう一時間しかない。いきなりは書けない。少しの読書の時間がなんとなーく必要だった。コーヒーはまあまあ旨い。まあこんな風に時間のない時も、はたまたたっぷりとある時とある。ゆっくりしたいことも多いのでなんとも言えない。でも平日の真ん中ではこれでも贅沢やとも言える。
 今日は何をどうするとか、その予定もない。まあ帰ってパソコンを見てからやな。『2001年宇宙の旅』二回目まだ見終えてないので、それが優先事項になるやろ。シュトラウス兄弟の曲がバックで流れててその印象ばかりになる。
 余分な時間はすくないな。誰か車を十時までに出して別の駐車場に移してくれたらええのにな。コーヒーのカフェインが効いてくると逆に意識がトロンとしてなんとなく眠くなる。掛かってる曲はボブマーリ。
 そういえば公園でハーモニカを吹いてた人がいたな。スピーカからやからエフェクタが付いてたんやろけど結構よかったな。
 秋風が吹いてる。今夜は長い夜になりそうや。決して暇なわけやないのやろけど。やってなかったこと、やりかけてたことが、後から後から山のように湧いて出てきて難儀するのかもしれんし。単に忘却してるだけやろ。今この瞬間だけ。

2006年9月19日

阿呆

 阿呆である。でも、なんとか二時間というまとまった時間を得た。コーヒーが昨日より美味いのがなに>よりの救いである。今日は外の席。秋口はこの手もあるのかなというのに気付いた。中と外とでは掛かっ>てる音楽が違ったりしてそれも一味や。ようやくゆったりとしたサックスの音も聞こえてくる。この場所>は明る過ぎて星は見えない。しかし歩いてた時は、今日もどないなんのかなという感じやったけどな。ま>あどないやこないや思てもそれなりにまとまってくるというとこやねんやろ。そーいえばスタバに来ても>、外側に並べてある椅子に座ってるって初めてかそれに近いな。なかにある椅子とまた別やし意外と座り>心地もええのや。パソコンがあれば実は本要らずなんかもしれんな。どうしても読まんならんのは、デジ>カメでページをパシャッと撮っといてパソコンの画面で拡大したり縮小したりしてればええのや。

 今年の秋はなにか色んなものが懐かしい。新しいものが取り敢えず一通り定着したとでも言おうか。特>になにかをしていて目立つということもない。まあ辺りの景色にそれとなく溶け込むことができるのや。>それってわるくないし求めていたものの一つかもしれん。
 秋口は能率が上がってきて、逆に時間の長さとかを感じてしまう。持ち時間のあまりの長さとでもいう>か。さっきからまだ三十分しか経ってないやないかともいう。

 外の席では余りに煙いのでまた中に入ってきた。

2006年9月18日

2001年宇宙の旅

 雨はまだ降らない。どうやら台風が来てるらしい。風は強くなってきている。傘は車の中に置きっ放しや。あんな場所に二十一時以降一時間百円のパーキングがあるとは思わなんだ。パソコンの起動は随分と遅かった。五分は優に掛かった。でもパソコンがついて初めて逆にこっちのスイッチも入ったような気がした。
 日曜日の夜だ。でも三連休の中日になってるからか、人出は多い。昨日の今日なので書くようなことは実はほとんどないのや。

 今日座った席はちょっと角度がよくない。コーヒーが途中から旨くなる。カロリーメートを食べたのがよかったかな。しかしパソコンてありがたいな。こうしてるだけでまったく何かをしてるみたいだ。
 多くの人達が何に騒いでるのかはよくわからない。ほとんどの人は長袖だ。わしも捲ってた袖を今伸ばした。秋口は体温をそんな風にして調節していたのをまた思い出したようなもんや。しかし長袖のシャツは半袖に比べて持ってない。そこら辺が問題だ。しばらくは秋の推移を眺めるのみや。

 カロリーメートの残りの一本を食べた。やはりコーヒーはすき腹にはきつい。ある程度喰い物があった方が美味いというもんや。
 駐車場の時間とか気にしてもしゃーないのに変に気になった。
 今日は午後に阪神対中日の中継をほとんど最初から最後まで見てたのやが、それが妙に効いてきてる。
あんまり長時間誰ぞの操作しとる映像を延々見せられるのそれだけでいやなもんやからや。極一部の自分が信頼した映画とか以外、目や耳を長時間預けたくないもんや。

 秋になったのは嬉しいことや。ものを次に進める。よく眠れる。今日は多分、『2001年宇宙の旅』の二回目を見るやろう。帰宅してしばらくの時間て微妙やしな。

2006年9月17日

帰宅

 熱は完全に引いたものの重い荷物も残った。ブログを復帰していくのは生易しいことではないな。想定外の発熱やった。自分の体力てこんなもんかと思い知らされた。調子こいて二日連続で自転車を乗り回してたというだけやのにね。その日の晩から疲れが吹き出してきて寝込んでしまう。背中の中心に疲れの塊があってそこから全身に放射されてくような状態だった。それは寝込み続けても変わることなく続いていた。その日はまあ全身疲れの中で眠ってしまう。
 翌朝から熱が顕著に出始めた。朝起きた時点ではまだ三十七度五分程度だったが、下がることなく上がり続け、午後には三十八度五分までになった。それでも夜中までは悪寒がするというよりもむしろ全身が熱かった。だからアイスノンを沢山持ってきて全身の色んな場所を冷やしていた。色々冷やしてく中で効果があったのは喉仏だった。口の中まで熱くてそこを冷やすには氷でも咥えるよりないなと判断してたけど。なんとか喉仏効果で口内まで冷えてきた気がし、その日もなんとか眠ってしまえそうだった。
 時間つぶしには『上海』というゲームがよかった。制限時間があるわけでもなく、なにも焦ることもなくじっくりと取り組むことができた。なんどもなんどもやった。ベッドで布団に包まりながら、ノートパソコンの画面を見ながら熱で意識がぼんやりとしながら、ただひたすら、駒と駒とを合わせ続けた。
 しかしいつしかそれにも飽きてしまう。昼間も眠ってたためか、容易くは眠ることはできないようだった。「たしかDVDドライブの中に、まだ返却してないハリウッド映画のがあったはずや」と腑と思い付く。
 そのDVDを掛けた。風邪をひいてるのもあるが、字幕をオフにしてただぼんやりとして眺めている。ロビンウィリアムスがロボット人間の役で出てる奴や。ロボット人間というのは、最初は完全なロボットだったのやが、段々と改造を経て、人間に近づいていき、最後には人間ということになってしまうという。話としては三世代を掛けたものを二時間ちょいでしあげてしまう。
 その映画も二回目やったけど、一回目で退屈であるにしてもそれがどの程度が把握できてるので、二回目はむしろ心の準備というのができていた。それでも一度目には見落としてたシーンや聞き落としてたフレーズとかがあって新たな発見という感も得て、まあまあよかったのだ。
 それも途中で閉じてようやく眠れる気が。本気で眠くなってきたからや。頭は熱でぼんやりとしてい、随分とおかしな夢も見そうな気もしていたのやが。

 発熱三日目にようやく熱が引き始める。しかし体温は三十七度台前半で推移する。微熱状態が続く。風呂にも入れない。でも汗を吸い込んだ肌着と長袖長ズボンの部屋着は、タオルで全身を拭き取った後、総とっかえする。
 時間の使い方は前日とほぼ同じ。ただ一部こなさないといけないことがあったりした。また夜からは野球中継をラジオで聴きながらほぼ居眠りを始めた。
 しかし試合終了。その時点からまた気になることが。その日中(翌朝十時まで)にDVDを返却しないといけないのだ。なので前日途中で終わってしまってたのの続きを見始めた。話の内容はわかってたはずやけど、やっぱりまだぼやけた頭で見ていて、飽きずに見続けることができた。ただまだ体調もあって国道沿いの店まで返却に行くのか、それとも一日遅らせて延滞料を支払うのか、ぼんやりとネットの画面を眺めながら思案していた。
 しばらくそんな時間が続いて、返却にようやく心が傾いたのは、もう夜中の三時を回っていた。体温ももう上がらない気がしたし、何よりも気分転換になりそうだった。
 着替えるといっても、ズボンを換えただけ。よれよれの長袖の黄色ポロシャツはそのまま。コンタクトレンズは着けた。眼鏡だと視界が狭くて運転しづらいから。
 夜中の国道は空いてるが、その分スピードを出してるトラックも多くて決して安全とは言えないが。まあ最近は慣れてもきてる。
 だけとその日は国道に出るまでにやばいことが一つあった。住宅街からバス通りに出るとこで、ホンの三秒後に無燈火の自転車をやり過ごしたからだ。ほんとにやばい。さすがに夜中の三時に無燈火自転車が原付バイクとたいして変わらん猛スピードでぶっとばしてくるとは予測もなにもせなんだんや。後三秒違たらと、ぞーっとしながら後は運転していた。
 途中パトカーが走ってたりしたが、無事にレンタルショップへ。まず返却を済まし、とにかく一本は借りてないとな、とレンタル棚の並んでる場所へ。色々見てる内に、『2001年宇宙の旅』のDVDを見つけた。最近は昔のでもチョロチョロDVDが出てきてるからええわ。字幕とか自分で調節して見れるからな。
で、それを手にとってまたしばらくブラブラ。で、その次の候補、『日の名残』を見つけた。その時は感動した。こんな作品がこの町のこんなレンタル屋まで、ということに。これは来週や、とカウンターに向かった。

 そんなことをしていて、やっと眠ったのはカーテンが明るくなり初めて模様が見え始めたような時間帯。まあ色んな心配ごとが取れたので、ようやくゆっくり眠れそーやった。翌日には風呂にもはいれそうやったしね。

 お昼過ぎ、心地いいとはいかないまでも、前日より大分ましな目覚めやった。いつものようにいつもの音楽を掛けて、いつもの本を読みながらゆっくりと起きてゆく。まあ気持ちは簡単には優れないけど、用意した数冊の本を読こなしつつ、朝食のコーヒーのことを思い浮かべ、そこでパッと目が開くに違いないと、音楽の音を追いかけて時を進める。
 ダイニングへ。朝の最初の一杯の水でした。その後、コーヒーメーカーの容器の様々な部品を洗い始める。ここも丹念にする。おいしいコーヒーを飲むためや。で、セットしなおし、水も一杯タンクに入れる。次に朝食用のパンに載せるチーズを冷蔵庫から取り出し、ワンピースの銀紙を取り除く。それを皿に載せバターナイフで八等分にする。それらを食パンの上に並べ、オーブントースターに入れる。タイマーを回す、同時にコーヒーメーカーのスイッチも入れる。これで後は待つだけや。
 その間もいつもの朝食時用の本に目を落とす。ジリジリジリッと音を立てながら回るオーブンを耳で気にしつつ、またコーヒーメーカーからポトポトとポットの中に落ちてくるコーヒーにも時折り目を遣るのや。
 こんがり焼けたパンを先に取ってきて、溶けたチーズをさっきのバターナイフで十分に引きのばす。あんまり焦がさないのがこつや。で、そこまでくると丁度よい量のコーヒーができてきとるのや。それをいつものミッキーマウスの絵柄のあるカップに注ぐ。このカップやないとあかんねんなー。
先にパンにかじりつく。空腹にコーヒーはあんまりええことないからや。これを飲み込んだ後、ようやく最初の一口のコーヒーに辿り着く。これが美味い。やっぱり淹れたてやし、最初に落ちてきた分の濃さといい味といい、これはもうたまらんな。
 その一口、一杯を経て、ようやく朝が始まるし、一日が始まるんやな。

2006年9月10日

ミッドナイトラン

 今日は一日がよく分からない日でした。一旦終わったかと思えた夏もまた戻ってきて、熱帯夜が数日続いておりまする。これはこのままでは眠れないな、と一方で確信しまして、十一時過ぎてから外出。空調の効いた場所とそうでない場所とこうも差があるのかと実感しております。
 色々あるのやけど、パソコンを持ち出して来たのは、こうしてぼんやりと文章を書くためやったのやろう。
 店の周りには、色とりどりの雑誌をならべた本屋が明るい光を放っている。変に赤いヒールを履いている人がいる。
 一体今何時なのか。壁時計に光が反射して見えない。ポケットの中にあった携帯電話を見た。十二時五分前や。えらい遅いな~。頼んだのはホットコーヒーや。十二時十五分までは開いてるらしい。こういうとこにくると途端に眠くなるから不思議や。でもまだあの熱帯夜の部屋に戻りたくない。
 今日は自転車で来たからな。ビル自体の閉店までまだまだ時間がある。でももうそろそろそこ
の場所からどく必要がある。

 さっきここに来る前によったコンビニでクッキーを買ってある。百円なり。でも夜食には十分やし、それ食って、まだ二時間近くは凌ぎたい。

 五月蝿い連中が来て通り過ぎたのも今は昔。もう忘れていたくらいだ。来て一時間も経ってへんのにもー帰りたいな。時間の無駄のような気もする。気持ちが妙に落ち着いてるのはコーヒーを飲んだせいやろう。コーヒーショップは閉店して、三々五々客が帰り始める。わたしは書店の方にあるテーブルに避難していたので平気だったが。

2006年9月 7日

 随分と時間が経ってしまったことに気付いた。原因はよくわからない。今日は雨が降っている。なんとか時間は確保できた。ゆったりしとした音楽が掛かっている。ここへ来たからには、時間は流れるままにまかせたい。今日からホットコーヒー。長い長い夏だった。
 ただ、この場所に余りにも甘えてまうのはどーなのか、という気にもなる。ブログすら家では中々書く気にはなれなくなってしまっている。天井のスピーカーからチェットベイカーの歌声が聴こえてきた。
 ここ数日、色んな思いや考えごとをしていたけど、全部忘れてしまった。結局はその多くは体調不良から来ていたもので、体調が戻るに連れて、流れていってしまうようなものだったのかもしれない。
 ここでこうしているのは時間の無駄だったのかもしれない。でも今日は雨が降った。種々の事柄が明日のことになってしまった。今日はまあまあいい日やってんけどな。

 なにか大事なことがあったはずやってんけど。少し思い出した。箒や。

2006年9月 4日

寄生虫

 吸収とか受身では自分の場合は駄目だな。結局メンタル的にも普段日常の雑多な事柄が溜に溜ってくるかたらだ。それを吐き出す装置は今のとこ文章しかないな。文章のええとこは聞き手である読み手に優しいというとこではないか。一見違うように見えるが、話しの場合だと、聞き手に同じ時間を強制してしまう。十分の話を聞くには十分を要する。しかし、こういった日々のブログの場合、書くのにはそれなりの時間を要しても、読み手はホンの数分で済んでしまう。話だと間の中途半端な時間など含めて一時間にもなるかもしれないことが、ホンの数分にまとまってしまうのだ。
 まだコーヒーがちゃんと飲めない。胃の具合が芳しくない。ネットの情報によると、アニサキスだと、体内で生存するのが長くて一週間だという。まだそれほど激しい痛みには見舞われてないが、変な吐き気といい症状的には似ている。それやこれやで易々と眠れもしない。

 寿司でもなんでも、特になまものを食べる時はよくかんで食べること。それによって寄生虫のようなものはほぼ噛み千切られてしまうという。それは消化にもいいのやろうし。

2006年9月 2日

寿司とハリウッド映画

 寿司を食って腹痛になる。かなり酷いし、なかなか経験がない痛みだ。ご飯とかでも、食べ始めに痛みが極端になる。だからしばらく歩き回ってお腹の蠕動運動させてから、二口め以降になる。そーいった痛みだ。他は別に下痢になるわけでもないが、若干便秘気味だ。熱も徐々に出てきて、三十七度三分になっていた。今んとこ、しばらく経過を見てるしかなさそうだ。

 こういった時は時間の進ませ方自体が苦痛だ。しかし少し思いついていたことがある。映画だ。しばらく見てなかった映画。昨日だったか、あるハリウッド映画がテレビでやっていたのをぼんやりと見ていた。マットディロンとケビンベーコンが出てた奴だ。タイトルは何だったか忘れた。よしあしでいうなら自分にはよくなかった。わざとつぶしたような英語が不快だった。でも、今見たいもの聞きたいものは、第一大阪弁で作られた映画、そして二番目が英語による映画だと、その時になんとなく分かった。標準語の喋りは可能な限り聞きたくないのだ。

 大阪弁で作られた映画はミナミの帝王以外ほとんどええものがないし、このシリーズは五十本近くあるにもかかわらず、ほとんど飽きるほど見てしまっている。で、最近のハリウッド映画はなぜか妙にチョッピィな英語が多い。昔の俳優、アルパシーノやウィレムデフォーなどは、同じブロークンでも、もっと艶のある英語だったはずだ。
 過去に何度か見た映画を見ること、しかしそれは過去に何度か聞いた歌詞入りの音楽を聞くこととは違うのではないか、と思い始めた。映像の方が実は過去にへばりつきにくいのではないか。少なくとも、これを見ていた時の自分は、とつまらないフィードバックはない気もする。
 幾ら今のハリウッド映画の多くが、自分にとって詰まらなく映るからといって、映画に興味がなくなったわけでもなんでもないのだ。