時間
なんか今日はいつもと大分気分がちがう。つーかなんかやばいくらいに苛ついてたりしてた。わけはよくわからん。例によってコーヒーを飲みにきた。家以外で一番落ちつく場所やけど、月曜日は当然の如く客が異様に少ない。週末の半分もいないのや。でもにも関わらず、閉店時間は十時半であるのはありがたい。
鼓動が速くなってきてるのがわかる。胸のポケットからipodを抜いてテーブルの上に置いた。ホンの少しでも身軽でいたいからだ。今日は比較的時間が沢山ある。バッテリーの持ち時間は変わらないけど。音楽は特に好きな種類のものではないけど、取り敢えず気にならない。環境に溶け込んでるな。
朝起きてからの時間の使いかたが無茶苦茶やったので、それが苛立ちにつながってるのやろ。とりあえず交通量は少なくて、そのへんで神経を使わなくて済んだのがよかったし、図書館の駐車場も空いていて、止めるのに労しなかった。
だから問題は単に自分の気持ちだけやったのやろう。でも、それが一旦整理が付かなくなると、そういう時間が延々と続いてしまうもんなのや。場所を変える。自分が落ち着ける場所がもう一箇所でもあれば随分と助かるもんなのや。とにかく時間を過ごせるようにすること。方法はよくわからない。時間はまだ一時間以上たっぷりある。今日は野球の試合がない。だから携帯も気にする必要もない。
昼間にDVDで映画をみた。日の名残。一度見ただけでは内容はよく掴めていない。ただ、前半はかなり重苦しい話しの内容やった。ノートパソコンで見ていて、それも影響していただろう。
単に疲れているのだろうか。昨日の夜中に例の笑い声で寝つけなくなってしまい、一時過ぎに起きてしまう。そこから急に朝食を食べて、朝までの時間は随分と無為やったな~。それが今日の全体に影響したんやろ。
時間とか焦ってみてもしょうがない。今日はむしろゆっくりする為にここに来たのやから。でもいざそうするとなるとこれという方法がない。ボブマリーの曲は聞き慣れないけど、取り敢えずそこに意識をやって時間を前に進めていく。
今日のコーヒーは特に旨くはないけど、カフェインが回ってくればそれでいいのやけど。それでもここへ来て二十分くらいしてて、それだけで気分も大分ましになってはきてる。
途中、昼寝に近い時間帯もあったけど、ここでの時間をターニングポイントにして、また次へ進めるような気もしてきた。
映画の中でもそうやったけど、何か物事には常に影響がある。そして、その影響も時間と共に失われていくものなのや。まあ確かに日々なんらかのことがありそれが影響し、そこから離れる。
すると今ここでしてるのは波間の緩衝のようなものやろ。その波動のようなものが収斂していくのを待っている。
人が混み始める。もう一度音楽に耳を傾けてみる。でも、妙に引っかかりがなく掴みどころがない。それに掴まって時間を進めていくには少し足りないな。ビートが邪魔をしてるのかもしれないし。音楽はビートがなくてもそれ自体で時間を構成してるのやから、敢えて刻を入れる必要もないきもするんやけど。
でも、時間を失うことも多い。それがどういう時に失ったことになるのか定義はないのやろけど。取り戻す為に記憶や思考を辿ってるのやろう。失われるのではなく経過してるだけなのやから。その間も自分は確かに生きていて、なにか色んなものが自分を通過しそしてなにかを残してってるのやから。それを偶にこうして拾い集めるということなのかもしれない。
どこかで見た人も去っていく。九時になろうとしている。今はただ只管待つことが必要なのだ。何かを誰かをではなくその際に何時も誰にも対象になる時間をだ。