« 2007年2月 | メイン | 2007年8月 »

2007年7月26日

時計仕掛けの音楽

 眠りは一番の薬やと思うけどな。せやけど今は音楽が連綿と流れている。耳を傾けるというより、十分に聞こえる音量にしてある。でも、いつの間にかその存在すら忘れ、なんらかの考えごとに没頭している自分に気づく。気づいて我に帰るのも又音楽のせいである。
 しばし時を忘れ、時を稼ぐ。それが音楽の有り様やと思う。
 今日は寝る前に風呂に入れてよかった。明朝もある程度時間が持てそうや。もっと色々と書くことはありそうやのに、それらが言葉としては出てこない。今は唯、果てしない徒労にも似た疲労があるに過ぎない。
 音楽のワンフレーズ、一メロディー、そして一曲分だけ、自分は未来に行けるはずだと信じている。そんな時に限って、時間は遅々として進まないもんやけどね。
 でもこーして、ブログの画面を見て、なんとかして文章を捻り出そうとしている時間帯って、やっぱり自分が放出されてくよーな間なんやと思うよ。そして段々と、徐々にやけど、感覚がいつもの時のものに戻って来てるのが分かるし。
 アルバムの曲が最後のものになり。漸く、次ヘ進める気になる。漸進というかなんというか。

2007年7月21日

歯が痛い

 感情の感覚が極めてどうかしてる夜には文章を書いておいた方がよい。それは分かりきっているのだが、なかなかどうして踏み切れなかったりする。なんでもいいのでなにかを腹に入れてコーヒーを飲んだりして気持ちを誤魔化せないかとしてみる。そんな風なのはきっと薬物に依存する姿勢に似てしまってるんやろけど。
 どうして文章というのは、こうも遠いとこにあるのやろか。誰にでも言葉は与えられ、また誰にも均等に時間は与えられてるというのに。自らの想いを形に出来る人と出来ない人とが出てくるのどーいうことなのだろう。
 あの人は一体何を考えている。というのがよく分からないのは、実際に静止した形であるところの文章がないからだ、という場合が極めて多い。
 正確に言うと時間はある。頭がもやもやとした考えで埋めつくされる。そしてそれが溢れだし、ぐーっと爪とかを噛まないと、気が収まらなくなる時点がある。その時点ーが、言葉が文章に流れ込む瞬間だったりもする。
 今日は夜食に固いお菓子を食べたので歯が痛い。